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2025年8月23日土曜日

「色にいでにけり」|江戸時代のカラーコーディネーター


坂井希久子著 小説「色にいでにけり」カバー画像

色を楽しみたい方に向けて、姉妹ブログの「IROKORO」で本のご紹介をしていますが、この小説については、色を学んでいる方におすすめしたいと思い、こちらのブログで取り上げました。なんと、江戸時代のカラーコーディネーターのお話です。


■ 作品情報

・タイトル:江戸彩り見立て帖 色にいでにけり
・著  者:坂井 希久子
(あらすじ)
お彩の父親は腕のいい摺師でしたが、火事で視力も、仕事場も失ってしまいます。
盲いた父の面倒を見ながら貧乏長屋で暮らしているお彩。
婚約者との縁談も流れ、粗末な木綿の着物に身を包んでいますが、お彩には、天性の鋭い色彩感覚があるのでした。(amazonより)


■ この本のおすすめポイント

舞台は江戸後期。ちょうど大河ドラマ「べらぼう」の少し後でしょうか。浮世絵や歌舞伎が人気の町人文化全盛の時代です。色彩感覚に優れたお彩が、彼女に持ち込まれた色に関する難題に取り組んでいく姿は、まさに「江戸のカラーコーディネーター」です。

この物語を読んで、私が特におすすめしたいポイントは次の3つです。

・伝統色名がふんだんに使われている
・色の知識がどんなところで必要とされるかがわかる
・色を選ぶ際の視点が描かれている

それぞれの点について、もう少し詳しくご紹介します。


■ 四十八茶百鼠、役者色など伝統色が楽しめる

最初の数ページだけでも、伝統色名が次々と登場します。鳶色(とびいろ)、藍鼠(あいねず)、紺青(こんじょう)、瑠璃(るり)、瓶覗(かめのぞき)…と、大変豊富です。一色、一色、どんな色かを思い浮かべながら読む楽しみがあります。

江戸時代の色彩を代表する「四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねず)」、「役者色(やくしゃいろ)」もストーリーの中で語られると、色彩用語として学ぶのと違って、より身近に感じられます。

*四十八茶百鼠
 庶民の間で流行した茶色と鼠色のバリエーションの多彩さを表したことば
*役者色
 團十郎茶(だんじゅうろうちゃ)、路考茶(ろこうちゃ)など、歌舞伎の人気役者に因んだ色


■ 色が役立つ場面と、色選びの視点

お彩への依頼は、和菓子の色、着物の色など、こういう場面で色の知識が必要とされるという例として捉えることができます。

また、これらの依頼について色を提案する過程で、お彩がどんな点をポイントにして色を選ぶのかが、まさにカラーコーディネーター視点です。例えば着物の色なら、その人に似合うだけでなく、他の要素も考慮するなど。

これらを具体的に解説するとネタバレになってしまうので、詳細はぜひ本書でご確認いただければと思います。物語自体もとても面白いので、ぜひお楽しみください!


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2021年5月17日月曜日

「サロメ」|装丁に見る、黄色と黒が果たす役割

原田マハ 著「サロメ」の表紙カバーと配色例
原田マハ「サロメ」(文庫本)


今回は、原田マハ 著「サロメ」の大変魅惑的な装丁を取り上げます。

この作品は画家ビアズリーと彼の姉、そしてオスカー・ワイルドの関係を中心とした物語で、表紙カバーに使われている絵は、ビアズリーが描いた「サロメ」からの一枚です。


■ 黄色と黒の配色が伝えること



ビアズリー作品「サロメ」の挿絵と、イエロー・ブックの表紙
ビアズリー作品(左)「サロメ」より、(右)イエロー・ブック表紙


・「イエロー・ブック」の黄色を取り入れて

ビアズリーによる作品は白黒ですが(画像左)、装丁デザインでは白の代わりにビビッドな黄色が使われています。この色使いは、ビアズリーが表紙を手掛けた季刊誌「イエロー・ブック(The Yellow Book)」(画像右)を再現しているようです。


・黄色+黒の配色効果

黄色と黒は 誘目性(=人の目を引きつける度合い)が大変高い組み合わせです。「注意」を促す配色でもあり、標識や踏切の遮断器など危険を知らせる表示に用いられています。

そのため、この配色を見ると、多少なりともどこか危ないイメージを感じることと思います。

また、この2色は明度、彩度の差が大きくダイナミックな配色なので、ビアズリーの繊細で妖しい線画にドラマチックな雰囲気を加えています。

まとめると、この装丁の黄色と黒の配色は、ビアズリーの「イエロー・ブック」との関連性を示しながら、人の注意を引きつけ、物語のドラマ性を伝える役割を果たしていると言えます。

私自身も書店で思わず手に取ってしまったのでした。




2021年3月2日火曜日

「パチンコ」|「梅干し色の口紅」から考える色名の感覚

ざるの上に並んだ梅干しの写真

先日の読書で、かなりインパクトのある表現に出会いました。小説「パチンコ」の中の「口紅は梅干し色だ。」という一文です。


■ 違和感ある「梅干」と「口紅」の取り合わせ


・小説「パチンコ」とは


ミン・ジン・リー著「パチンコ」上下巻の写真

小説「パチンコ」は韓国系アメリカ人の作家ミン・ジン・リーさんによる、在日朝鮮人一家の物語です。

2017年にアメリカで100万部を越す大ベストセラーとなり、Apple TVでドラマ化されました。


・「梅干し色」の口紅

この色が登場するのは「パチンコ」の下巻で、主人公のソンジャがある日本人女性について描写する箇所です。

「年齢は六十代前半、灰色の髪は短い。とても美しい人だ。大きな黒い目、それを縁取る並外れて長いまつげ。すらりと伸びやかな体に、明るい緑色の着物を着ていた。口紅は梅干し色だ。まるで着物の広告のモデルだ。」

灰色、黒、明るい緑とシンプルな色名が並んだ後に、「梅干し色」が口紅の色として登場します。

初めて目にする表現に、一瞬フリーズしました。インパクトとともに、梅干しと口紅の取り合わせに少々違和感を感じました。

原文(英語)が気になり、確認すると
「The rouge on her lips was the color of umeboshi. 」
-と、umeboshi という単語がそのまま使用されていました。


■ 色名で感じる感覚の違い

さて、「梅干し色」とはどんな色でしょう?

梅干しにもさまざまな種類があり、色もくすんだ橙色から暗い赤まで幅があります。一般的に連想されるのは、上の画像のような紅色(べにいろ)ほど鮮やかでない少々くすみのある落ち着いた赤だと思います。

赤としての存在感はありながら主張が強くない色、大人の女性のシックな雰囲気が感じられる色だと思います。

ところで、「梅干し」と聞くと、多くの人が「すっぱさ」や、「シワシワな感じ」(古くは「梅干しばあさん」ということばがありました)を連想するのではないでしょうか。

それゆえ、日本では美しい人について語るときに「梅干し」ということばは、普通は使わないと思います。

しかし、語り手は日本に移住してきた朝鮮人のソンジャです。梅干しに慣れ親しんだ日本人よりも、外国人目線の方がその色の美しさをストレートに捉えられたのかもしれません。

「梅干」と「口紅」の結びつきに、そんな感覚や文化の違いも表現されているように感じました。

そして、あらためて梅干しを見つめると、何とも言えない赤色の美しさを再認識するのでした。




2019年3月24日日曜日

「ヨーロッパ退屈日記」|伊丹十三さんの強烈な色彩表現に出会う

「ヨーロッパ退屈日記」著者の伊丹十三さんがデザインした表紙カバーの写真
伊丹十三さんご自身が表紙をデザインした「ヨーロッパ退屈日記」

最近読んだ 伊丹十三さんのエッセイ「ヨーロッパ退屈日記」は1ページ目から衝撃が走りました。そこにはこんな表現が…。


■ 個性的で強烈な色彩表現

『彼は、サモン・ピンクの皮膚に藁(わら)色の髪をした、雀斑(そばかす)の多い青年で、鶯の糞の色の背広、血膿(ちうみ)色のネクタイ、それにブルーの方眼のシャツを着ていた…』

この文章には5つ色の名前が登場します。「サモン・ピンク」「藁色」は慣用色名として知られていて、ブルーは基本色名です。

「鶯の糞の色」と「血膿(ちうみ)色」はいかがでしょう?「鶯…」はともかく、「血膿色」は初めて見る強烈な表現です。

鶯の糞は、美肌効果があると江戸時代から化粧品の原料として用いられていて、色は淡いグレイッシュなグリーンです。血膿は血の混じった膿のことで、濁った深い赤といったところでしょうか。

糞も血膿も美しい表現とは言い難く、著者がその色、あるいはその人物に対してあまり好感を持っていなかった雰囲気がうかがわれます。それにしても、このような表現をサラリと用いるなんて凄い!


■ 色にこだわり、色を楽しむ

伊丹さんは役者から映画監督になった方という印象が強いのですが、じつはデザイナーでもありました。この作品の中でも、伊丹さんの色に対する繊細さやこだわりが強く感じられます。

カクテルについて綴られた章では、

『わたくしは、彼女の、その日の気分や、好み、アルコール許容度、そして服装の色などをおもんぱかって、これ以外なし、というカクテルをピタリと注文する悦びは、男の愉しみとしてかなりのものと考えるのだが、いかがなものであろうか。』

と述べています。

服の色に合う色のカクテルを選ぶなんて、いかに色やビジュアルを重視していたかが解ります。同時にそれを楽しんでいたようですね。

ファッションだけでなく、食や街並みについても、伊丹さんは繊細かつ明確な美意識をお持ちで、今から半世紀以上も前に書かれた作品ですが驚くほど新鮮です。

巻末の関川夏央さんによる解説には、

『伊丹十三は言葉と文字を気にする人だった。… 赤いのアカを、赤い、朱い、紅い、赫い、丹い、緋いと使い分けないと気分が「淪(しず)」んだ。』

とあり、伊丹さんの凄さをダメ押しされました。

驚きと共に、色を伝えることへの強いこだわりに刺激を受けた一冊でした。




2019年2月3日日曜日

「すべての、白いものたちの」|異なる「白」で構成された美しい一冊


ハン・ガン著「すべての、白いものたちの」異なる白で構成された書籍の用紙
photo by Masumi Chiba

書店に並ぶ本の中に「色」という文字、あるいは色の名前を見つけると、単行本でも雑誌でも思わず手に取ってしまいます。そして「ジャケ買い」ならぬ「タイトル買い」をすることも…。


■ タイトルに惹かれ、装丁に驚く

ハン・ガンさんの短編集「すべての、白いものたちの」もタイトルに惹かれて手を伸ばしたら、ビックリ!この本には、5色の紙が使用されていました。このような作りの本は初めてです。

どの色もごく淡いトーンで、画像のように並ぶと色の違いがハッキリと判りますが、1色だけで見たら「白」と捉えそうな色ばかりです。

そして、こんなに微妙な違いの色でも、ページをめくって色が切り替わる瞬間は、まるで世界が変わるような新鮮な感覚でした。


■ 白の世界が広がる

うぶぎ、ゆき、白い犬、戦争で廃墟となった街など、本文に綴られたさまざまな白いものたちと、かすかに表情の違う 5つの白いページ。色の効果で白の世界がますます広がります。

白いものは数あれど同じ白は一つも無い、そんなことを伝えているようにも感じました。

静かに心に沁みてくる作品の数々と美しい装丁。ずっと大切に持っていたい一冊です。

*装丁:佐々木暁さん




2015年7月6日月曜日

「女盛りは意地悪盛り」|ソフトピンクが映す可愛さと優しさ

小説『女盛りは意地悪盛り』カバー~ソフトピンクが印象的な一冊
Photo by Masumi Chiba

書店で平積みになっている本の中から、思わず手に取ってしまった文庫本。内館牧子さんのエッセイ集 「女盛りは意地悪盛り」 です。

表紙に描かれているネコの睨みつけるような鋭い眼差しが何とも言えません。

硬い表情ながら、どこかユーモラスで可愛く見えるのは、全体の7~8割を占める ソフトピンク の効果です。


■ ソフトピンクは柔らかさや優しさ、可愛さが得意

想像してみてください…もしも、この ソフトピンク の代わりに、青や紫、グレーなどが使われていたら、どんなイメージになるでしょう?

きっと、冷たさや怪しげな雰囲気が強調されて、タイトル通りに意地悪で怖い印象になることと思います。そうなってしまわないのは、 ソフトピンク のおかげ。

どこか硬い部分があっても、優しい色合いを用いることで、柔らかい印象に変えることができるのです。

このエッセイ自体も、内館さんらしい鋭くてハッキリとした物言いでありながら、全編を通してユーモアや大らかさを感じる内容です。

ちょっぴりのハードさと、全体を包むソフトさで、表紙も中身も魅力的な作品だと思いました。


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